2012年10月06日

小篆風印篆について思うこと2

小篆風印篆ももちろん悪いことばかりではなく、字形はかっこ悪いですが、徐三庚風の強弱や終筆表現を取り入れたのはかなり革新的だったと思います。(しかし、徐三庚なら文字自体の怪しさはありますが、形のかっこよさや空間の使い方なども取り入れてしかるべきと思うのです。)

小篆風印篆が登場してからというもの、小篆を勉強しなくても、起筆終筆の処理だけ覚えれば、割りと簡単に表現できてしまうので、一気に他の書体を駆逐してしまいました。
先日具体的に変だと思っていることを書きましたが、一番気持ち悪いと思っているのは、多様性を認めない感じです。
書体に貴賎がないのは当たり前ですが、極端に言えば、
小篆風印篆=上手い
印篆=レベル低い
小篆=変・分からない
みたいな認識が職人の中に流布していないか、ということです。
単純に難易度で言えば、小篆風印篆より、印篆、小篆のほうが難しいはずです。もっと言えば楷書が一番難しい。
しかし、小篆風印篆しか評価されない。
多様性を認めないことは、価値観・物の見方が固定化し、やがて技術も衰退することでしょう。
実際、今は仕上げの技術だけを競っていて、篆書そのものの字形の美しさや空間との調和がないがしろにされている気がしてなりません。
(小篆風印篆が登場する前の職人さんは、いかに仕上げをしていないように見せるかということに苦心していたように見えますが、今は刀のキレを見せることのみが重要なようです)

小篆風印篆は印篆を小篆風に見せるという小川瑞雲氏のかなり独創的なアイデアで、独創的なものはいくら上手に真似しても所詮パクリにすぎないと思うのです。主流にすべきは本来の小篆と印篆ではないでしょうか。
ご同業の皆さん、どう思われますか?
匿名でも、実名でも構いませんので、ご意見いただけないでしょうか。


posted by 上野雄一 at 11:10| Comment(3) | TrackBack(0) | はんこの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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